KYOTOGRAPHIE2017 開催概要 | Special Interview ルシール・レイボーズ & 仲西祐介

Naoyuki Ogino, 2017

KYOTOGRAPHIEのはじまりや経緯をお聞かせください。

L(ルシール・レイボーズ:以下L):世界各国を旅するなかで、私たちは京都にたどり着きました。京都の街の持つ雰囲気やたたずまいに惹かれ、京都で何か特別なことができたらと思うようになりました。祐介と私も、ちょうど人生の転換期を迎えており、絶妙なタイミングでした。日本もまた大きく変わろうとしているときでもあり、どうやってクリエイティブなことをしていくべきか、深く考えました。そして、アーティスト発で、周りの人たちとともにインターナショナルなことが何かできないかとひらめいたのです。フランスには、1970年代にアーティストが始めたアルル国際写真祭という写真祭があり、数々の写真家を紹介し、また写真家の支援にもつながっています。日本には素晴らしい才能がたくさんあるのに、注目される機会がないのは勿体無いと思い、アルルのように写真界にとって意義深いことを、日本でも実現したかったのです。2011年に東京から京都に引っ越し、よりそう思うようになりました。写真は言葉の壁を超え、まっすぐに強いメッセージを放つ、素晴らしいメディアです。写真を通じ、人々があらゆる物語に出会い、社会が持つ疑問点に気づくような、世界をもっとよりよいものにするようなプラットフォームを作れればと思いました。

Y(仲西祐介:以下Y):2011年に東日本大震災が発生し、原発事故が起きたときに、東京の一極集中化の危うさを実感しました。この国で何が起きているのか、世界で何が起きているのか、情報操作が行われ隠されていることを決定的に自覚し、現状をなんとかしなくちゃいけないと思い、自分たちのメディアを持とうと思いました。写真は起きていることをダイレクトに伝える力があるので、写真のフェスティバルを立ち上げようと思ったことが、ルシールの写真文化に対する思いと合致しました。

 

なぜ京都を選んだのでしょう?

Y:東京を経由せず、京都から直接海外に発信することにも重きを置きました。京都が日本の中で一番、海外の人からも注目されているし、建物や町全体を使うには、ヨーロッパサイズの京都が一番いいような気がします。アルル国際写真祭のように、アーティストがフェスティバルを作り、世界中から人が集まって、いろんな情報交換が行われて、それぞれの国へと持ち帰るような発信力のあるフェスティバルをやりたいという思いが、京都に住むうちに、確信に変わって行きました。京都で開催すれば、写真だけじゃなく、日本の文化や建築の素晴らしさ、伝統工芸の技術や美意識、最先端技術を、フェスティバルを通していろんなものを同時に海外に発信できると思いました。そこが、KYOTOGRAPHIEがほかの海外の写真祭と違う点と言えるでしょう。

 

京都で写真祭を開催するにあたり、素晴らしかったこと、大変だったことを教えてください。

L:京都は独特で、むずかしいところもあり、コミュニケーションや全てに置いて、最初は私たちも戸惑ったりもしました。ですが、どう乗り越えればよいか考えることが、私たちを順序立ててくれました。京都で暮らすことは、まるで宝箱のようなもので、蓋を開けると、毎日のように新しい物事に出会えます。この街での日々は、すばらしい贈り物です。私はマリ共和国のバマコに子どもの頃に住んでいて、10代の頃も定期的に通っており、20歳のとき一人で移住しました。アフリカで暮らしていた経験が、新しい場所や新たな仕組みにすぐに馴れさせてくれている気がします。アフリカで暮らしていたので、まるでアミニスム(自然崇拝)のように日本の街のどこにでもお寺や神社があることを、すっと受け入れることができました。そしてまるで自分の居場所を見つけたかのように、京都の街そのものと深く繋がることができ、すべての歴史や信仰が好きになりました。ほとんどの日本の方は無宗教だと言いますが、きっと気付いてないだけなんだと思います、面白いですよね。すでに当たり前となっていることこそ、本当の生きた宗教なのだと思います。そんな精神性や意識を持つ日本が、何より京都が私は大好きです。この街では、あなた自身が心を開けば、向こうから何かがやって来て、然るべき道へと導いてくれます。それが京都という街や、京都の人が持つ素晴らしいところです。
Y:こんなこと言っていいか分からないですが、京都は世界で一番むずかしい街だと思います。僕は、京都出身じゃなかったので、なかなか最初は受け入れてもらえませんでした。けれど、京都には京都のルールがあり、京都の人が歴史とクオリティーを大切にしていることに気が付きました。京都で開催し、京都の人に認めてもらえるクオリティーを保つことに励み、受け入れてもらうことができたからこそ、フェスティバルとしてのレベルも上がってきたんだと思います。京都は伝統を守るのと同時に、前衛的な表現が常に活発に行われてきた。そういった特色が色濃く残る土地だから、僕たちも絡んでいけたし、革新の部分を引っ張り上げたいという思いもありました。そういう意味では、僕たちが表現する場所として、京都はすごくよかったと思います。

 

印象的だったことはありますか?

L:京都の人は直接的にものを言ったりせず、信頼関係を築くにはいくつもの通過儀礼がありますが、彼らが大切にしているものや感覚に敬意を払い、純粋な気持ちで接すれば、きっと誰でも、京都に古くからある素晴らしい智慧や美学、感覚、普遍的なものと出会えることでしょう。
Y:今までどこにも所属せずに、写真家と照明家としてそれぞれ仕事をしていた人間が、何の経験もなく、お金もないのにこんな大それたことを始めてしまった。本当は無理なのに、ここまでできたことは、いろんな人の協力があったからだと思います。京都の人は、最初はむずかしかったですが今やとても協力してくれて、企業の方や海外の方、アーティストやスタッフ含めて、いろんな人が賛同してくれたからこそ、奇跡的に実現することができました。このことに、毎年驚かされます。意識を共有することができれば、いろんな人の協力が集まって、思いが実現できると知りました。

 

今年のテーマは「LOVE」ですが、なぜ「愛」をテーマにしたのでしょう?

L:愛は、かけがえのないものやクレイジーなことを成し遂げる力強さを与えてくれます。愛は自分が持つ以上の力を引き出してもくれますが、人を狂わせもします。フェスティバルを通じ、皆さんが愛について考え、お互いへの理解をより深めてもらえたら嬉しいです。愛って、すごく本質的で、写真の持つ力そのものだと思います。日本の皆さんはシャイなので、愛についてオープンに話すことはあまりないと思いますが、世界がこんな時代に直面している今、写真祭が愛をテーマにかかげることは、とても興味深いアプローチになると思いますし、写真祭の果たすべき役割でもある気がします。
Y:前年度に世界中で起きたことから、テーマを選んでいます。去年1年間は、色々なことがおきて、世界に愛が足りなくなっていると感じました。KYOTOGRAPHIEは常に、社会問題や環境問題に触れていきたいと思っているので、作品のセレクションを通じて、いろいろなメッセージを伝えていきます。世の中は複雑なようで、実はすごくシンプルにできていて、強い「愛」の力があれば何でも解決できると信じています。そういう希望が伝わるとうれしいです。

 

今後の展望をお聞かせください。

L:フェスティバルを通じ、サプライズを皆さんに、そして私たち自身に届け続けていきたいです。願わくば、毎春この美しい京都で、KYOTOGRAPHIEが咲き誇りますように!
Y:フェスティバルを通して世の中を変えていきたいと思っています。日本人が自分の頭で考えることができるようになれば、メディアや政治に翻弄されずに生きていける。そういう世の中をつくるために、KYOTOGRAPHIEは常に問題提議をしていくし、いい方向に変えるためだったら、タブーにも挑戦し、新しいことにどんどんチャレンジしていくつもりです。それはずっと変わりません。僕たちが子供の頃って、もっとサプライズがあった。今は世の中に情報が溢れすぎて、見たことがないものや驚かされるものが少なくなってきたと思います。だからこそ人に感動を与え、サプライズを与えていきたい。どんな時代になっても、そう心がけたいです。何かを求めて国内や海外からKYOTOGRAPHIEを観に来る人たちの期待に、これからも応えていきたいと思います。

ルシール・レイボーズ
写真家。1973年生まれ。幼少期を過ごしたアフリカで写真を始める。1999年、坂本龍一のオペラ「Life」参加のために来日。ポートレート写真を得意とし、ブルーノートやヴァーヴといったレーベルのレコードジャケットの撮影を手がけた経験を持つ。アフリカと日本を拠点に、数々の展覧会で作品を発表。主な個展に「Visa pour l’image」(2001)「Phillips de Pury in New York」(2007)、CHANEL NEXUSHALL(2011)などがある。『Batammaba』(Gallimard)『Sourse, Belles de Bamako』、平野啓一郎との共著『Impressions du Japon』(共にEditions de la Martinière)などの作品集を出す。2013年より仲西祐介と「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」を始める。

 

仲西祐介
照明家。1968年生まれ。京都在住。世界中を旅し、記憶に残された光のイメージを光と影で表現している。映画、舞台、コンサート、ファッションショー、インテリアなど様々なフィールドで照明を手がける。アート作品として「eatable lights」「Tamashii」などのライティング・オブジェを制作。また原美術館(東京)、School Gallery(Paris)、「Nuits Blanche」(京都)でライティング・インスタレーションを発表する。